15年に及ぶ、住宅ローンと共に暮らした日々を振り返る

住宅ローン完済

2002年に借りた住宅ローンを2017年に完済しました。

元々は20年ローンで借りたもの、結果的に5年短縮することができました。

完済したことで、今後住宅ローンのことを考える機会はなくなると思われるので、この機に振り返っておきます。

住宅ローン以前

今の家に引越す前は、同じ仙台市内にある戸建ての借家に住んでいました。

さらにその前というとは、転職に伴って東京から宮城県に戻り、会社のそばにアパートに住んでいました。ところが、一旦住んだものの、不便さにほとほと嫌気がさして仙台市内に引越したというわけです。

ちょうど上の子供が1歳になったころです。

この借家は確かに古くて冬は寒かったのですが、小さいながらも庭もあり、子育てにはなかなか良いところでした。

下の子供もこの家で生まれました。

間取りは3K、キッチンは調理するだけのスペース、二間続きの6畳間が二部屋、独立した6畳間。トイレも和式でした。

6畳間×2を食事スペースと居間として使い、もう一つの6畳間に家族みんなで寝ていました。

子供たちが小さいころは良かったのですが、やがて子供が大きくなると6畳間に布団を4枚敷くことができなくなり、私は居間に夜だけ布団を敷いて寝るようになりました。

さらに、上の子供が小学生になると、机は居間に置かざるを得なくなり、部屋はますます狭くなりました。

ただ、遊びに来る子供の友達には好評で、特に家の中を走り回っても怒られないというのは、マンション住まいの子供たちにとっては本当にうれしいことなんだと実感しました。

『古いながらも楽しい我が家』を実感した家ではあったのですが、狭さだけはいかんともしがたく、本格的に家探しを始めることになったのです。

家探し

そんなことで始まった家探し、条件はというと、

  1. 親子4人で住める広さ、できれば一戸建て
  2. 交通の便の良いところ(会社までの通勤がJRで、かつ結構遠いため)
  3. そこそこの家賃

一見すると、そんなに厳しい条件でないようですが、この条件ではほとんど物件がなかったです。

仙台という土地柄、そもそも戸建ての賃貸がほとんどありません。みんな若くして家を建てるからです。

早々に戸建ての賃貸は諦めて、マンションを探し始めましたがこちらも物件がありません。

賃貸用に建てられたマンションはあるのですが、それだと分譲用のマンションに比べ設備面やセキュリティで明らかに劣ります。

次第に気持ちは家を買う方向に移り始まました。

借りるのではなく、買うとなったとして、新築マンションは明らかに割高に感じられました。

確かにモデルルームを見学に行けば気持ちは盛り上がるのですが、家に帰って冷静になれば、「価格の割には立地が」とか「価格の割には広さが」という不満が顕在化します。

かといって中古マンションはというと、これまた物件が少ない。

選択肢がないのですぐにこれも行き詰りました。

土地を買い、家を建てることに

そんな経緯があって、自分で土地を探して、その土地に家を建てることを決断したわけです。

設計事務所を主宰している妻の父が、我々の予算でもなんとか家が建つと言ってくれたこと後押しになりました。

家を建てる目途が立ったので、問題は土地探しです。

我々が望む土地(比較的街中で、あまり広くない土地)はなかなか見つかりませんでした。

土地の値段を抑えるために、なるべく狭い土地を探したのですが、紹介された土地の多くは希望よりも広く、結果的に予算をオーバーするものが多かったです。

また、どうしても古家付きという条件の土地を多く検討することになったのですが、そこには様々な他人の人生が見え隠れしていて、あまり気分の良いものではありませんでした。

ようやく見つかった土地も売り主の相続の問題から売買に時間がかかり、ようやく決済したのが2002年の秋です。

そこから義理の父に設計してもらって、建築確認が取れたのが12月の末でした。

住宅ローンを検討

土地の決済で手持ちの資金をほぼ使い切ったので、早急に住宅ローンの手続きが必要になりました。

当時私の頭の中では、家を建てるといえば住宅金融公庫からお金を借りるというイメージだったのですが、2002年というタイミングはちょうどそれが民間金融機関へと移行するタイミングだったのです。

民間金融機関の提供する住宅ローンの金利も急激に下がってきていて(今よりは割高ですが)、キャンペーン金利というのも次々と打ち出されてきていました。

そんな中で私が注目したのは資金が出るタイミングです。

家の建築代金を毎月工事が終わった分ずつ支払っていくという支払い方法を選択したため(妻の父が決めた)、建築確認が下りた段階でローンの全額が支払われることを最優先に銀行を選択しました。

住宅ローンを契約

2002年12月25日、住宅ローンを契約しました。

ローン期間は20年、ボーナス支払はなしの元利均等返済、固定金利選択型、当初3年間キャンペーン金利というものです。

勤務先が中小企業なのでボーナスは当てにならず、60歳の定年までに払い終えることを優先しました。

またローンの全体額を減らすために最低限の生活費を残して預金はすべて自己資金に投入しました。おかげで全体の4割ほどを自己資金で賄うことになりました。

若干リスクを取ってまで当初3年間の金利を下げたのは、なるべく早い段階で元金を少しでも減らしておきたかったからです。

ご承知のように、元利均等返済を選択すると、当初は支払いのうちの利息が占める割合が多くなかなか元金が減りません。

少しでも元金を早く減らすために当初に金利が低くなる方法を選びました。

最初の10年間

こうして始まった住宅ローンを返済する生活、当初の10年間は淡々と返済するだけでした。

預金がほとんどなくなったこともあり、繰り上げ返済を考える必要すらなかったこと、40代はとにかく仕事が忙しかったことがその理由です。

もちろん、3年ごとの固定金利の見直し時には金利交渉もしましたし(この間住宅ローンを始めてする金利相場は下がる一方でした)、ローンの残高は定期的にチェックしていましたが、余裕資金は預金の回復に回していました。

唯一チェックしていたのが周辺の家賃相場です。

仮に何らかの理由で住宅ローンが返済できなくなった時に賃貸に回すことでローンを返済できるかという確認は常にしていました。

また、家の売却代金でローンを一括返済できるかもチェックしていました。

娘の大学進学を機に繰り上げ返済を開始

変化が訪れたのは2013年4月、上の娘が大学入学した時です。

ありがたいことに自宅から通える国立大学に入学しました。

これによって教育資金に余裕ができ、これを繰り上げ返済に回しました。

この頃になると預金もだいぶ回復してきていて、その後の余裕資金も少しづつ繰り上げ返済に回しました。

不思議なもので、一度繰り上げ返済を始めると、元金がどんどん減っていくのを見るのが楽しみになります。

繰り上げ返済するたびに銀行から新しいローンの返済予定が送られてくるのですが、これが送られてくる度に思わずニヤリとしてしまうようになります。

繰り上げ返済を繰り返すことで、いつしか預金額がローンの残高を上回るようになりました。

この段階でようやく住宅ローン破産することなく完済できる目途が立ってホッとしました。

家は財産と呼べるのか

2017年10月、ついに住宅ローンを完済しました。

その後、自分で抵当権を解除して、ようやく完全に自分のものになりました。

住宅ローンを借りていた銀行の口座も解約し、ローンとの付き合いも終わりました。

しかし、15年も経つと家もそれなりに傷んできます。

これからは修理や修繕との長い付き合いが始まります。

そう考えると、はたして家は財産と呼べるのかちょっと疑問です。

私自身は家を建てたことを後悔していませんが、家を探していたあの時期に良質な賃貸住宅に出会えていれば、もう少し違う人生があったのではないかとも思ってしまいます。

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