国公立大学の学校推薦型選抜、そのスケージュール感

学校推薦型入試

5年前、我が家の下の娘は学校推薦型選抜(当時は推薦入試)で大学に合格しました。
まあ良かったのですが、なにぶん事例が少ないので戸惑うことが多くありました。
なにかの参考になればと思い記録として残しておきます。

スケジュール感

  • 7月

部長をしていた部活が東北大会まで進出したので、部活引退は7月上旬になりました。
特に県総体終了時から東北大会までは、ほぼ部活一色で勉強していた姿は見ていません。

ようやく月末になると気持ちも切り替わって、姉の通っている大学のオープンキャンパスに行ったりしました。

  • 8月

いくつか模試を受けましたが、手応えはあまり良くなかったようです。
そのためか、予備校に通いたいと相談されて実際に申し込みをしました。

  • 9月

この頃、推薦入試を考えていると告げられました。
驚いたのは推薦がもらえるような成績を取っていたことです。(学校の成績表を見たことがありませんでした)
3年間部活に打ち込んできたので、学校の成績は悪いもんだと思っていました。(同じように部活に打ち込んでいた姉の方はだいぶ悲惨な成績でした)

さすがに見たこともない大学を受験するのはと思って、あわてていくつか候補の大学を東京まで見に行きました。
日帰りで強行スケジュールでしたが、5校ほど見学することができました。
別にオープンキャンパスとかではなかったのですが、その分普段の雰囲気を感じることができたようです。
後で聞いてみると、このときの印象で受験を決めたようです。

  • 10月

週末はほぼ毎週模試がありました。
中旬には学校内の推薦が決定。第1希望の私大の指定校推薦は落ちましたが、国公立大の推薦入試への応募は認められました。

急遽、小論文の勉強も始めたようです。

  • 11月

推薦入試に出願、書類審査の一次試験に合格。
月末が二次試験でした。科目は小論文と面接で二日間。
ホテルが取れなくて、前泊無しで試験当日に仙台を出発という綱渡りでしたがなんとか無事に受験できました。

試験終了後に手応えを尋ねましたが、小論文と面接では本人もよくわからない感じでした。

  • 12月

合格発表があり見事に合格。
しかし、その後の入学手続きの時間のなさに四苦八苦しました。
完了するまで一週間、ただでさえ年末で忙しい中、銀行に行ったり郵便を出したり。
本人は普通に学校に行っていたので、妻と手分けして手続きを進めました。

合格したことは学校内で公表しないように言われていたらしく、ごく親しい友達だけに報告したようです。
受験から開放されて遊びたいものの、一緒に遊んでくれる友達もおらず、この時期だいぶストレスが溜まったようです。

合格した大学からも、入学までに読んでおくべき書籍のリストが大量に届いたり、入学直後に英語の試験があることが判明して慌てて英語の単語帳を引っ張り出したりと、受験生の立場から開放されたとは言えない感じでした。

  • 1月

娘の学校では、進路決定者もセンター試験は受験することになっていて律儀に受験しました。
ただし、だいぶやる気はなくなっていましたね。

センター試験終了後、家族で東京にアパートを探しに行く傍らディズニーランドに行きました。
このあたりでようやく受験から開放された気持ちになってきたようです。

  • 2月、3月

友人の受験も徐々に終了して、ほぼみんな第一希望に合格。
自分も推薦で合格していたことをようやくみんなに言えるようになってホッとしたようです。

学校推薦型選抜はスケジュールがタイト

今振り返っても、推薦を希望してから推薦決定、出願、試験、合格発表、入学手続きとスケジュールがタイトなのがよくわかります。

受験生を抱える親として、大学受験は1月のセンター試験から2月の私立大学、国立大学の入試が山と思っていたのに、だいぶ前へ前へと急かされた感じです。
子供だけでなく、親の気持ちも切り替える必要があると感じました。

 

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